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2024年個展『そんなものに きみは汚されたりしない』展示レポート




物語的アート体験―ナラティヴ・インスタレーション 

​​

『そんなものに きみは汚されたりしない』

You shall not be tainted by such things​​

川口忠彦展


2024年12月10(火)~14(土)

東京 神保町 ギャラリーCORSOにて






「これまでの人生の中で見た、世界中のどの美術館、展示よりも、はるかに心を揺さぶられる、優しい、そして自分との対峙のある、素晴らしい空間でした」

(メッセージカードより)

 

ここには

絵画があり 詩があり 音楽がある

けれど それだけではない


あなたの記憶と響き合い

感情を揺さぶる「体験」

 

新章第2幕

― 深化した『物語的アート体験』へ





新章開幕」を掲げた前回展示『わたしたちはみな孤独 ひとつの例外もなく』で確立したスタイルを進化させた《正統続編》。 絵画・詩片・空間音楽が織りなす幻想的な世界観に、さらに濃密なナラティヴを融合し深化した『物語的アート体験』を提供しました。

 



◆ インプレッション ―ご来場者さまの反応

 


「初めてでしたが、想像していたよりも、何倍もすごくて、感動しました。とても豊かな時間を過ごすことができました」

(メッセージカードより)

 


今回の個展は、前回に続き多くの方にご来場いただき、前回以上に「何かが伝わった」という感触を得ることができました。

 

300人を超える皆さまがご来場くださり、初日の開場から最終日の閉幕まで途切れることなく展示空間に鑑賞者がいらしてくれたことは、個人的に大きな快挙だと感じています。


北海道、青森、京都、島根、九州、さらにはバルセロナからもお越しいただき、足を運んでくださったみなさまに感謝の気持ちでいっぱいです。


静かな会場で、長い時間をかけて真剣に作品と対峙し、長時間滞在される方々が印象的でした。




数時間をかけて鑑賞されたり、連日再訪してくださる方も何人かいらっしゃいました。

当たり前のように音声ガイド(50分もある)を聞き、メッセージを書き。

画集をお求めの際のすこしの会話で言葉をつまらせ、目を潤ませる方もちらほら。


アート展としてはなかなか見ることのない、作家にとって幸福極まりない、すばらしい光景を拝見させていただきました。



「言葉に詰まります。一度見て、かみくだいてからもう一回見て、良い意味で胸がとても苦しいです。ぐっときてます」

(メッセージカードより)

 

  

 

◆展示内容 《幻想絵画》《詩片》《空間音楽》そしてもうひとつ


 

「絵と詩と音楽で作られた空間が、一つの世界のようで、すいこまれて、いつの間にか涙を流していました」

(メッセージカードより)


前回2023年に「9年ぶり」となった個展は、それまでとは大きく姿を変えたものになり、多くの方々に高い評価を頂きました。

 

わたしはこれまで、ゲーム・音楽アートワーク・タロットなど多様なスタイルで発表してきましたが、 前回の個展では、それらが統合した理想に近い表現形式になり、多くの方に伝わった感触がありました。


そこで今回は形式や方向性はそのままに、『正統続編』として、純粋な進化を目指し、個展空間を制作しました。



幻想絵画・詩片・空間音楽がつむぐ

『物語的アート体験 ―ナラティヴ・インスタレーション



「初めて拝見いたしました。なんて言い表して良いか、まとまりません。ただ涙が止められず、感動のような、畏怖のような、光のような、そして、自分自身の経験など、すべてがないまぜになって、涙になりました。詩、音楽、言葉、色、光どれもにとても感動しています」

(メッセージカードより)

 

 

告知用に制作したPV 会場風景以外の音楽・画像はすべて今回のもの

前回同様、展示物は


30の《幻想絵画》、30の《詩片》、6基のスピーカーによる30分の《空間音楽》


(ギャラリーCORSOは延べ116㎡の床面積があり、個人企画の個展としてはかなり広いスペースとなります)

 

テーマは、個展タイトルである

そんなものに きみは汚されたりしない You shall not be tainted by such things』をベースとして響き合いながら、ひとつの大きな世界をつくります。




絵画》が描く 幻想世界は

詩片》に導かれ ときに哲学的な問いとなり 鑑賞者の現実や記憶と結びつき 

空間音楽》が 胸に芽生えたエモーションを高く遠くへと連れて

 

光と闇》《孤独》《生と死》《一瞬と永遠》《地上と宇宙 といったテーマに乗せて、鑑賞者を内面の旅へ誘います。







空間音楽》は、前回同様 6基のサウンドデバイスを場内に配置し、どこにいても立体的に音楽に包まれ、場所によって音像が変化する『空間音楽展示 ―Spatial Music Installation』であり、展示物のひとつという位置づけです。


『音楽―しかし時間軸ではなく空間あるいは観測者の心理に展開されるもの』

A music that unfolds not along a timeline, but in space or within the observer.


というタイトルを付けました。 その名の通り、耳を澄ませて鑑賞するための一般的な音楽ではなく、かといって「環境音楽」や「BGM」と呼ぶほど薄いものではない。絵や詩とともに空間に広がる展示物であり、鑑賞者の内側に、絵と詩と混ざりあってひとつの立体的な像を結ぶ物語的体験をつくる、ということを意図しています。


前出のPVで一部お聴きになれますが、音楽性としては、アンビエント、ポストロックの成分に、ファンタジーRPGの「神秘的な場所」や「厳かなシーン」の音楽の連続…というとすこしイメージが湧くでしょうか。言葉で説明するのは無理な話ですが、絵と詩とあわせて、こちらも私自身がすべて作曲しているので、精緻に統一された世界観を形作っています。


今回もヴァオリン・ヴィオラにプロ演奏家であり、ゲーム音楽演奏団体『MUSICエンジン』主宰の河合晃太さん、ギター演奏に下田賢佑さん(First Mammal)が全面参加。 研ぎ澄まされた演奏は、時間を泳ぐ絵筆のように、空間の音響に圧倒的な説得力を加えてくれました。


声の出演も、2名のネイティブスピーカーに参加いただき、個展のための新作長編詩を英語朗読(翻訳もネイティヴによる)していただき、ソリッドかつ幻想的な音響演出を実現しました。


新曲と前回の曲の各30分を交互に流すプログラムとし、トータル1時間の幻想音楽旅行となりました。

* ありがたいことにとても好評で販売の希望を多くいただくのですが、この音楽は、展示空間のために特殊な仕上げを施しており、ふつうの再生環境用にまとめることがなかなか難しいというのが現状です)


「たまたまSNSで見かけて足を運びました。心のなかにスッと入ってきて、途中から涙が止まらなくなってきて、最後までハンカチを手放せなかったです」

(メッセージカードより)

 



もうひとつの存在 ―『物語的アート体験』の深化



「やみとりに導かれ、やみとりを追いかけ、新たな世界を巡らせていただきました。音・空気・色・物語、光と闇、願いと希望に触れ、ほんのりと淡く輝く灯火をいただきました。やみとりかわいかったです!」

(メッセージカードより)



今回の個展では、さらにもうひとつの存在、『やみとり』を迎え入れました。

物語的アート体験』を支えるちいさなちいさな来訪者です。

 


 前回の個展では、一点から全方向へ広がったものが、『わたしたちはみな孤独 ひとつの例外もなく』というタイトルに向かってそれぞれに集まってくるようなイメージで、かなりアート展示らしい「オープンエンド」な体験として、とても気に入っているのですが、「心のうちに一貫性のある物語をつむいだ人」「そうならなかった人」の差を感じることがありました。

 

そのため今回は、『絵画の展示なのに、絵に繋がりがあって、大きな物語を描いている』ということをわかりやすくするための補助線として、この『やみとり』という名の小さな鳥を、展示空間の隅々に散りばめました。



(今後、画集での体験や、いつかあるかもしれない再展示のことも考え、詳述は省きますが)

やみとり』は、メインとなる絵と詩の展示の狭間に、ときおりふっと姿を現し、あるかなきかのうっすらとした物語性をさえずります。


この小さな鳥が『やみとり』という名であることや、彼らの習性などを、観察者がメモに残しています。


 

ところどころにひっそりと現れ、メイン作品の質量にかき消えてしまいそうなさえずりは、しかし一本の細い糸のようなつながりを知らせてくれる。


すると、独立しているように見えたそれぞれの絵や詩がやわらかく結びつき、個展のタイトルに向かって流れ注いでいくような、大きな物語的なエモーションを宿していることに気づく。


そんな小さな『やみとり』の健気な働きにより、前回よりも格段に展示全体での物語世界をとらえやすくなったようで、「昨年より深化した」「わかりやすいしとても良かった」という感想を数多くいただきました。

 


展示空間全体で一つの物語世界をつくり、鑑賞者はその世界の主人公になったような感覚を得る、 『物語的アート体験』を、深化させることができたと感じています。





「抽象的な感動」を目指して



感動のメッセージをいただけたことがありがたく、たびたび紹介しているので、ここでひとつ、誤解を防ぐためにお伝えしておきたいのは、

この物語的体験は、いわゆる「泣き」を終着点とした、お涙頂戴的な「いい話」を目指したものではないということです

 

まず、ストーリーと言えるような明確な起承転結や細かな展開や伏線を楽しむものではなく、登場人物がどうこうして「泣ける」という類のものとは異なります。


そういったストーリーとしての充実は映画やアニメ、小説などそれが得意なメディアに譲り、 わたしの個展では、

 

物語的体験』を持つアート展示として、


「わけもわからず泣けてきた」


というような、正体不明の巨大なエモーションを喚び起こしたい。


壮大な物語世界につつまれるような、抽象的な、輪郭のない感覚。

名前のない感情が胸の奥で静かに膨らみ、ひとによってはそれが溢れ、涙という透明な結晶となる。


それがわたしの個展の目指すところです。




「絵を見た瞬間心が動かされ、気づけば涙が出ていました。ちゃんとしたストーリーというわけではなく、言葉と音楽と絵だけで、でもミュージカルとも絵本とも違うような不思議な感覚になりました。エモーショナルとはこういうことなのか」

(メッセージカードより)




 


 


なぜ「ナラティヴ」なのか それはどこから来たのか




「20年前のゲームのファンという理由だけで来ましたが、想像以上に五感、六感をも揺さぶられ、震えながら、泣きながら見させていただきました」

(メッセージカードより)

 

 

今回初めて『物語的アート体験 ―ナラティヴ・インスタレーション』という表現を用いましたが、原型はすでに前回の個展にありました。


9年ぶりとなった前回の個展では、溜めてきた力を全開放する意気込みで、無我夢中に理想の展示を追求した結果、「絵画展」の枠を超え、なんとも形容しがたい空間と体験を提供することに成功しました。


その独特な形式と、そこから得られる体験を、より多くの人に端的に伝えたいと考え、この言葉にたどり着きました。

 

 《絵画》《詩》《音楽》の3要素が一体となる展示で目指したのは、

ただ「絵」と「詩」と「音楽」を並べることではありません。


それらが響き合い、時間と空間を曖昧にし、

鑑賞者の心の内側に物語世界の大きなエモーションを立体的に感じ取る体験を提供したいという意図がありました。

 


わたしはアートが大好きです。19世紀末の象徴主義から現代のメディア・アート、インスタレーションまで、広く好みます。(※インスタレーション=空間にオブジェや装置を設置し、その空間全体を作品とする形式)


同時に幼少期からゲームが大好きで、やがてゲーム監督となった私は、ゲームの「ナラティヴ性」に強い影響を受けています。


ナラティヴとは、ここでは「鑑賞者自身が物語を紡ぐ体験」のような意味です。


ファンタジーRPGやアドベンチャーゲームのように、世界に散らばった物語の断片を集め、プレイヤーが自ら物語を紡ぐ体験は、他になかなか代えられないものです。


それは「物語“的”」ではあるけれども、映画や小説のような複雑に込み入った「ストーリー」とは違う。


物語とも言い切れない、曖昧さや解釈の幅をはらんだ、いわば「物語世界」のようなもの。

そこから得られる体験とエモーション。

 

これをアート展示で実現したかったのです。


それは、戦闘やゲームオーバーといった「システム」のないゲームのようであり、

「プレイ=遊び」の部分を抜き取った、ゲームの「アート性」だけを抽出したもの、とも言えます。

 

その試みを実現するにあたっては、ゲーム監督時代の膨大に蓄積した研究と考察が大いに役立っています。



展示会場の冒頭に、こんなメッセージを掲示しました


 

― アート展示とは、何でしょうか?

 

映画や観劇、音楽ライブなどと同じ、芸術鑑賞のためのイベントとされます。

ですが、これらとアート展示はとても異なる点があります(優劣ではなく)。

映画などは、一箇所にとどまって一点を見ていると「何かが起こる」。

アート展示は、自分で歩き回って「何かを探して見出す」。

 

「じっと座ってなにかが起こるのを待つ」のではなく、「自分の身体で歩き回って、魅力的なものを見出していく」。

その点で両者は求められる行為が正反対とも言えます。

 

本展示では、この空間にできるだけ多層的な《時間》《エモーション》《物語》の断片が存在するよう丹精を込めました。

 

自由に歩き回ってあなたの心に響く《何か》を見出し、あなたの気に入るように、自由に解釈して下さい。


 

かくして臨んだ展示会場では、多くの方が2周、3周と場内を歩き回り、あるいはじっと座って長い時間絵を見つめ、詩を読み、音声ガイドの解説を聴いて下さりました。

その方だけの『物語的アート体験』を心のうちにつむいでいただけたのではないでしょうか。



「見終わったあとの余韻が去年よりも大きかった。素晴らしい…素敵でした」

(メッセージカードより)





 



◆良い鑑賞体験のために

 


◇音声ガイド


前回ご好評頂いたので、今回も用意しました。 作家による作品説明の機会を平等に提供しつつ、聞きたくない方と住み分けもできる方法としてのものでしたが「解像度が上がるので絶対におすすめ」と言っていただけたり、今回はガイドをお聞きの方だけのちょっとした隠し情報も加え、楽しんでいただけました。



理想的な「鑑賞環境」


場内では「お静かに」「会話を控えて」と「撮影・録音・録画禁止」を掲げさせていただいております。


たくさんのアート展示を見て回った体験から考えたわたしの理想の鑑賞環境です。


撮影自由や、場所限定の撮影可にして、SNSで紹介していただくというのが今日のノーマルになりつつある気がしますが、その広告効果を犠牲にしてでも維持しているのがこのお願いです。


皆様が深く展示と対話し、空間として高い評価を頂いている背景には、この環境も含まれるのではないかと考えております。



◇メッセージカードとメッセージコーナー


このレポートでたびたび引用しているのは、会場で書いて頂いたメッセージカードのものです。

展示を通じて感じたことを書き残すなかで、しずかに感情や感覚の整理をしていただきつつ、作者の励みになる、という気持ちで記入場所を設置しているもので、今回も多くのメッセージいただきました。


SNSでの感想も数多く集まっております。



◇個展図録としての詩画集


個展の図録となる新作画集を販売しました。現在も通販でお求めいただけます。


絵と詩を楽しめる充実感に加え、個展空間の静謐とゆったりした空気を再現するようにデザイン。展示作品の風合いや発色に近づけるよう、紙選びや色校正に力を入れました。


個展の中で登場した、とある“小さき存在”も含め、ほぼすべての絵と詩の要素が収められています。(前回からの再展示作品のみ除く)




◆過去のゲーム作品(セブン・V&B)が好きでこのページにたどり着いた方へ


ぜひこちらの記事の後半を読んでいただけると、ここまでの非常に有機的つながりがお楽しみいただけるかと思います。




◆おわりに

 

以上、2024年12月に開催した個展『そんなものに きみは汚されたりしない You shall not be tainted by such thing』の展示レポートとなります。 9年のブランクから「新章」として2年続けて個展を開催した実感としては、


「SNSでの発表してきたものと個展空間では、まったく別次元の表現になる」


ということです。

同じ絵と詩でも、伝わり方が全く違う。


「本当に伝えたかったことが、ようやく伝わった」と何度も感じました。


そして、現在のわたしにとってのメインのフィールドはこの「個展空間」なのだと、理解しました。


絵と詩に音楽、それらを空間に展開させて、物語的体験を構成する。

それをわたしの表現の中心に位置づけて、活動していこうと思います。

 

そこで得られた体験が、あなたの人生の一部になれたなら、そんなに嬉しいことはありません。



◆今後の予定


「言葉では表現できないくらい感情をゆさぶられて、ずっとこの空間にいたいと思いました。次回も本当に本当に楽しみにしています」

(メッセージカードより)



2023年 新章開幕 「わたしたちはみな孤独 ひとつの例外もなく」

2024年 新章第2幕 「そんなものに きみは汚されたりしない」

202x年 新章第3幕 ―――――


新章はまだ始まったばかり。

次に続く第3幕では、ここまでで確立してきた『物語的アート体験―ナラティヴ・インスタレーショ』のさらなる《正統続編》。そして《洗練》を目指します。


ご期待下さい。


皆様にそれぞれに時間や旅費のご都合がありますゆえ、無理じいはできませんが

「遠くからいらしても、十分に楽しめる」ように、上記のようなさまざまな工夫を施しております。


ご都合の良い時、余裕のある際にはご来場いただけたら嬉しいです。

 

巡回展などはまだまだとおい夢の話であります。

 

ひとりでも多くの方に「来てよかった」と思ってもらえるために、

 

もっともっと高いレベルで表現できるよう、日々研鑽に励んでまいります。

静謐な空間と、幻想旅行の濃密な時間が、あなたをお待ちしております。


2025.1.30 川口 忠彦

Tadahiko Kawaguchi


出口直前に佇む『やみとり』
出口直前に佇む『やみとり』

12月9日 会期前日 荷物とともに到着
12月9日 会期前日 荷物とともに到着

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